誰かの、呼ぶ声が聞こえていた。名を呼ぶ声が。 断続的に続くその呼び声に耳を傾けているのは、とても心地が良くて。 途切れることなく続いていた悪夢が、その声が聞こえた時から光が差したように色づいていって。 思えばずっとそうだったのだと。 優しい手をさしのべてくれる人もいた。 この世界の居場所を与えられもした。 だけど、入ってくるノイズがそれらを全て打ち消した。世界は常に暗闇で、さしのべられる手も、居場所も確かな存在として感じられなかった。 けれど君と出会ってから全てが変わった。 世界の全てに光が差して。 ようやく見つけたんだ。与えられたものじゃない、自分の居場所を。 目を開けた時、世界には光か充満していた。長く光を浴びていなかったその目に、それはとてもまぶしく感じられて、思わず目を細めた。 「ネスティ! 目を覚ましたのね!?」 少女の大声が耳に届き、 「こらミニス! 静かにしねぇとマグナがおきちまうだろうが」 静かな少年の声が聞こえた。 視界に映るのは金色の髪の少女と赤髪の少年、見覚えのある室内。 とっさにそれがどこだか思い出せず、ついいぶかしげな表情をしてしまう。 「てめえは傀儡兵との戦いで、マグナかばって倒れたんだよ」 「それでシルヴァーナがゼラムまで送ったのよ」 ようやく断片的に記憶が戻ってくる。魔力がつき、もはや戦えないからと、後方に下がろうとした時、それを目にしたのだ。 岩陰から飛び出した敵兵と、それに気づかないマグナ。 考える間もなく、体は動いていた。 あの状態でマグナをかばうには、己が身を使うしか手段がなく、無意識のうちに体はその最善の方法をとっていた。 「それで、マグナは?」 あの瞬間、無事なマグナを確かに見たと思った。だが、その直後意識は途切れた。目の前の2人の様子からして、無事だったのだろうとは思ったが、確認せずにはいられなかった。 「マグナならそこにいるわよ」 ミニスが体を少しよけて後方を示す。 そこにはマグナがソファーにもたれ眠っていた。 「ずっと寝ずにてめえの看病してたんだ。そっとしておけよ」 そうか、と安堵のため息を漏らす。 無事なのだとは確信していた。少なくとも無事でないなら、目の前にいる彼らがここまで落ち着いた表情をしているはずがないから。けれども、実際その姿を目にするまで不安が消えるわけではない。 そしてようやく目にしたその姿は。 いかにもそのまま眠りこけてしまったという様子で。寝苦しいだろうに、腕の装備も外さないまま、それでも眠りは深く――そして、怪我らしい怪我は一つもないのが見て取れた。 特にうなされているわけでもない様子に、ようやく現実感を取り戻す 「なるほど。だいたい事情は理解した。それで、君たちも無事だったんだな」 「うん。途中から助っ人も来たもの」 「助っ人?」 「……うるさくて、むちゃくちゃな女だ」 「あーら、ボクぅ? 命の恩人に対してその発言はないんじゃないかしら」 「ミモザ先輩!」 いつの間に現れたのか、先輩は戸に背中を預けてこちらを見ていた。 「ちょっと様子を見て来るって言った二人がなかなか戻ってこないから、どうしたのかと思ったら。よかったじゃない、ネスティ。目が覚めたのね」 「助っ人とは先輩のことですか」 念のため確認をとると、ミモザは軽く頷いた。 「そうよ。誰かさんは助けに行ったのが不満みたいだけど。かわいい後輩が必死になってたんだもの。助けないわけにはいかないわよね」 「……だからってむやみやたらにペン太くんばらまいてるんじゃねぇよ」 リューグのつぶやきは小声だったが、静かな室内に響くのには十分で。 「あのねぇ、効果範囲くらいちゃんと計算してあったに決まってるじゃない。現にキミは怪我一つしてないでしょ」 「爆発直前で気づいて逃げたからだろうがっ!」 「もう、2人とも静かにしないと、マグナが起きちゃうでしょ!!」 ミニスの一喝が部屋に響く。 「ミニス、君の声が一番大きいと思うんだが」 好意からの発言だとは思うが、静かにさせるために大声を出しては何の意味もない。ミニスはしまったという顔をし、口を閉ざしてうなだれる。 「確かにマグナはまだ寝てるんだし、静かにしないとまずいわね。じゃあ、私たちは退散しましょ」 その場を取り繕うように、ミモザが言い、2人の背を押して部屋から出て行く。 「じゃあゆっくり休みなさい。後で何か食べるものを持ってくるから」 そうして、部屋には2人だけが、残された。 突然に訪れた静寂。 さっきまでの騒がしさがまるで嘘のようで。 目覚めてからの出来事が夢の中のことのようで。 「……マグナ」 名前を呼んだ。確かに彼はここにいると確かめたくて。 「マグナ」 けれど、呼び声に応えはなく。 眠っているからだ。わかっている。けれど言いしれぬ不安が胸を襲う。全ては──ここにこうしている今も──夢なのではないか。 直に触れて確かめたくて、体を起こす。 「ぐぅっ……!!」 とたんに走る激痛。思い知らされる。この身体が、どれほどのダメージを受けたのかを。 だが、それでも。 マグナが、無事であるならば。 「……ん、むー……?」 微かに身じろぎする。騒がしかった先ほどまでは熟睡をしているようだったのに、静かになって眠りが浅くなったのだろうか。 「……こら。起きないと遅刻だぞ、マグナ?」 「うー……あと5分ー」 寝ぼけたまま返答するのが可笑しくて笑みがこぼれる。ここにいるのは、マグナだ。派閥にいた時から、ずっと変わらない大切な弟弟子であるマグナだ。 旅を進めていくにつれ、彼は新しい仲間を増やしていった。自分はずっと彼の兄弟子なのに、彼は自分の弟弟子であるだけではなくなってしまった。それは、少しだけ寂しさを感じることだったけれど。それでも。彼が変わらずここに居てくれるなら、それだけでかまわないのだと思えるから。 「君を……護れて良かった。本当に」 起きあがれない身体も、何もせずとも鈍く響く痛みも。後悔になんてならないと言ったら、きっとマグナは怒るだろう。けれど、それでも。それは、紛れもない己の真実だから。 君を護るためなら、何を犠牲にしてもかまわないと。己が身も、他の誰も、何もかも。君のためならば、犠牲にできるんだ。それは、けして君の願いではないとわかっていても。 「……ん、うー……?」 眠りが浅くなってきたマグナがもぞもぞと動き出す。 「あ、れ…………ネスっ!?」 半覚醒だった意識がネスティの姿を見つけて急速に覚醒する。あわてて飛び起きた勢いでベッド代わりのソファーから落ちそうになる。 「こら、そんなにドタバタするな。あいかわらず君は粗忽者だな」 穏やかに笑うネスティの顔。 「ネスっ、目が覚めて……!?」 転びそうになりながら、あわててネスティの元に駆け寄る。 「どこも痛くない!?」 「痛くないわけはないだろう? だけど、死ぬほどの怪我でもないさ」 だからそんなに心配するなと言外に伝えて、マグナを安心させるようにネスティは微笑んだ。 「よかっ………心配したんだぞ! ネスの馬鹿っ」 目頭が、自然に熱くなってくるのを感じる。それを振り切るようにマグナはネスティをにらみつけた。 「なんで、あんなことしたんだよ!」 「僕の魔力は尽きていたが、君はそうじゃなかった。それに君は主戦力だ。ああするのがあの戦闘において一番効率的だと思ったんだ」 ネスティの言葉は何の感情もこもったおらず、ただ事実を口にしただけと言った風だった。 「なっ……本気で言ってるのか!?」 マグナの顔から安堵の色が消える。驚きと怒りと悔しさと、何よりも聞こえた言葉を疑いたい気持ちで。 「もちろん本気だ……と言いたいところだが、現状を考えるとそういうわけにもいかない。僕の判断がみんなに心配をかけたのは、事実と認めざるを得ないようだからな」 「あたりまえだよっ」 ホントにホントに心配したんだからな! 怒ったような顔でマグナは口にするが、それでも表情からは安堵と喜びがにじみ出してきていた。 「俺のこと考えなしって言うけど、ネスのがずっと考えなしだ」 なじる姿も、どこか甘える子どもに似ている。ようやく、本当に大切な兄弟子の無事を実感して。その安堵が、そんな態度をとらせているのだろうけれど。 頬をふくらませながらここぞとばかりに兄弟子をなじるマグナの姿に、ネスティは目覚める前に見ていた夢を思う。 遠い昔。まだ、世界に自分の居場所を見つけられなかった頃。 自分が罪人であることを声高にののしる声から耳をふさぐのに疲れ、悪意のあるモノとそうでないモノの違いすらわからなくなっていた。 世界の中にたった一人でいるような感覚。独りで全てと戦わなくてはならないのだと思いこんでいた。 けれどそんな時、出会えたから。彼に。 だから、何よりも、誰よりも。 君を護れたことが、君が変わらずここにいることが、嬉しい。 何も後悔することなどなかった。ようやく出会えた何よりも大切な存在。護れるのならば何を捨ててもかまわない。 僕はおそらく何度でも、同じ行為を繰り返すだろう。僕の身体一つの犠牲で、君が、君と君の大切なモノが護れるならば、君が泣くことですら――ためらうことはない。 こんなやり方、間違っていると君は言うのだろうけれど、それでも。 君がここにいてくれること以上に、大切なことなんて他にないから。 |
前、中から大変長い時間空けてしまいました。申し訳ないことです。
後編も8割書けてたのにラスト数行で詰まってこんな間を空けることに。
正直今は前、中、恥ずかしくて読めません。後編も無理。
とりあえず、未完のまま終わることだけは避けようと、無理矢理終わらせることに。
(展開的にここで終わるのは、予定通りですが)
正直痛すぎてコメントのしようがないです。