名前2



「じゃあ、そろそろ帰りましょうか? ……アティ」
 あれからウィルくんは時々わたしのことを名前で呼びます。わたしはそれに、どうしても慣れることができなくて。
 自分の気持ちは分かっているのに、それをどうしても認めることができなくて。認めてしまうのが怖くて。
 名前を呼ばれるたびに、その気持ちがわたしを脅かします。
 ゆっくりと考える時間が欲しいのに、後ろから追い立てられているようで。
「……? どうしたんですか、先生」
「あの。……名前で呼ぶのやめて貰えませんか。なんだか、変な感じがして……」
 ウィルくんは変に思うでしょう、それはわかってはいたけれど、どうしようもなくて。
「…………」
「自分でも変なこといっていると思うんですけど、落ち着かなくて……」
「……迷惑でしたか?」
 とても、とても静かな声でした。気分を害した風もなく、ただ静かに。
「そういう訳じゃないんです! ただ……」
「別にいいですよ。……勝手に、呼び捨てにしてしまってすみません」
 いつも通り、普段通りに軽く頭を下げて。だけど、何かが変わってしまった気がします。
「アティ先生」
「な、なんですか?」
 これで良かったんだ。そう思う気持ちとそうじゃない気持ち。二つがせめぎ合っていて。
 もう名前で呼んでくれないのが、少しだけ寂しい。自分で、そうさせたのに。
「僕からも、一つだけお願いがあるんですけど」
「なんでしょうか?」
「僕のことも、昔みたいにウィルって呼んでくれませんか」
 冗談を言うみたいに、少しだけ笑って見せて。
「えっ、あ、わたし。そう呼んでませんでした?」
「呼んでませんでした。島に帰ってきてから、ずっとウィルくんになってましたよ。気が付かなかったんですか?」
「――はい」
 嘘です。本当は気が付いてました。だって、そう呼ばないと……
「……先生」
 見上げると、ウィルの真剣な顔。
「一つだけ、聞いてもいいですか」
 それは有無を言わせないひびきで。
「はい。なんですか」
 彼は、言った。

「先生は、僕のこと、どう思っていますか」

「僕の気持ちは島にいたときからずっと、変わっていません。だけど先生は、僕のことをどう思っているんですか」
「ウィ、ウィルくんは、わ、わたしの大切な生徒です!」
 とっさに、そんな言葉が口から出ました。一番大切な、生徒ですって。
「……そうですか。今まで、迷惑をおかけしてすみません」
 彼はそういって、背中を向けました。
 ウィルくんのあまりに静かなその様子に、いい知れない不安がわいてきて。ウィルくんが、このままわたしの前から消えてしまうような。そんな、不安。
 距離を置こうとしたのはわたしなのに、失いたくない。
 ずっと、側にいてくれるのだと思っていました。心のどこかでずっと。わたしはウィルの優しさに甘えていたんです。
 だけど、今。ウィルはわたしから去ろうとしていて。
「ま、待ってください!」
 思わず、追いかけてその袖口をつかんでいました。
「ち、違うんです! 違うの。そうじゃなくて……」
「……何が、違うんですか?」
 伏せた目。表情のない顔。わたしの不用意な発言で生じた距離。
「だ、だって。ウィ、ウィルが生徒じゃなかったら、わたし、どうすればいいんですか!?怖いんです。生徒だって思わないと、この気持ち、どうすればいいんですか!」
 堤防は、崩れてしまった。抑えつけていた気持ちが、あふれて、止まらなくて。
「ウィルが、好きです。だけど、怖いんです。自分が自分じゃなくなっていく気がして、怖いんです! こんなに、誰かを好きになったことなんてないからっ」
「先生……」
 泣きじゃくるわたしをなだめるように、ウィルは優しく抱きしめてくれました。
「大丈夫ですよ。先生は、先生です。……僕は、先生が好きです。だけど、島のみんなだって好きだし、僕は僕だってことにかわりはありません。先生だって、同じですよ」
 腕の中はとっても暖かくて。高ぶっていた感情が、少しずつ落ち着いて来ました。優しい声と、頭をなでてくれる手。子供に戻ったみたいな頼りなさと、安心感。
「好きでも……いいんですか」
 日だまりのような温もりに、少しだけ甘えて。
「もちろんですよ、アティ……」


あああーあいかわらず甘いです。
甘いと自分で気持ち悪くなるんですけど! (他人の書いたのは平気)
よくこんなの書いたなー。
でも、とりあえず完結です。

ああー大人ウィルとヤードがかぶってる気ぃするー
ううー、自分でも一瞬ヤードに見える瞬間が……


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