「じゃあ、そろそろ帰りましょうか? ……アティ」 あれからウィルくんは時々わたしのことを名前で呼びます。わたしはそれに、どうしても慣れることができなくて。 自分の気持ちは分かっているのに、それをどうしても認めることができなくて。認めてしまうのが怖くて。 名前を呼ばれるたびに、その気持ちがわたしを脅かします。 ゆっくりと考える時間が欲しいのに、後ろから追い立てられているようで。 「……? どうしたんですか、先生」 「あの。……名前で呼ぶのやめて貰えませんか。なんだか、変な感じがして……」 ウィルくんは変に思うでしょう、それはわかってはいたけれど、どうしようもなくて。 「…………」 「自分でも変なこといっていると思うんですけど、落ち着かなくて……」 「……迷惑でしたか?」 とても、とても静かな声でした。気分を害した風もなく、ただ静かに。 「そういう訳じゃないんです! ただ……」 「別にいいですよ。……勝手に、呼び捨てにしてしまってすみません」 いつも通り、普段通りに軽く頭を下げて。だけど、何かが変わってしまった気がします。 「アティ先生」 「な、なんですか?」 これで良かったんだ。そう思う気持ちとそうじゃない気持ち。二つがせめぎ合っていて。 もう名前で呼んでくれないのが、少しだけ寂しい。自分で、そうさせたのに。 「僕からも、一つだけお願いがあるんですけど」 「なんでしょうか?」 「僕のことも、昔みたいにウィルって呼んでくれませんか」 冗談を言うみたいに、少しだけ笑って見せて。 「えっ、あ、わたし。そう呼んでませんでした?」 「呼んでませんでした。島に帰ってきてから、ずっとウィルくんになってましたよ。気が付かなかったんですか?」 「――はい」 嘘です。本当は気が付いてました。だって、そう呼ばないと…… 「……先生」 見上げると、ウィルの真剣な顔。 「一つだけ、聞いてもいいですか」 それは有無を言わせないひびきで。 「はい。なんですか」 彼は、言った。 「先生は、僕のこと、どう思っていますか」 「僕の気持ちは島にいたときからずっと、変わっていません。だけど先生は、僕のことをどう思っているんですか」 「ウィ、ウィルくんは、わ、わたしの大切な生徒です!」 とっさに、そんな言葉が口から出ました。一番大切な、生徒ですって。 「……そうですか。今まで、迷惑をおかけしてすみません」 彼はそういって、背中を向けました。 ウィルくんのあまりに静かなその様子に、いい知れない不安がわいてきて。ウィルくんが、このままわたしの前から消えてしまうような。そんな、不安。 距離を置こうとしたのはわたしなのに、失いたくない。 ずっと、側にいてくれるのだと思っていました。心のどこかでずっと。わたしはウィルの優しさに甘えていたんです。 だけど、今。ウィルはわたしから去ろうとしていて。 「ま、待ってください!」 思わず、追いかけてその袖口をつかんでいました。 「ち、違うんです! 違うの。そうじゃなくて……」 「……何が、違うんですか?」 伏せた目。表情のない顔。わたしの不用意な発言で生じた距離。 「だ、だって。ウィ、ウィルが生徒じゃなかったら、わたし、どうすればいいんですか!?怖いんです。生徒だって思わないと、この気持ち、どうすればいいんですか!」 堤防は、崩れてしまった。抑えつけていた気持ちが、あふれて、止まらなくて。 「ウィルが、好きです。だけど、怖いんです。自分が自分じゃなくなっていく気がして、怖いんです! こんなに、誰かを好きになったことなんてないからっ」 「先生……」 泣きじゃくるわたしをなだめるように、ウィルは優しく抱きしめてくれました。 「大丈夫ですよ。先生は、先生です。……僕は、先生が好きです。だけど、島のみんなだって好きだし、僕は僕だってことにかわりはありません。先生だって、同じですよ」 腕の中はとっても暖かくて。高ぶっていた感情が、少しずつ落ち着いて来ました。優しい声と、頭をなでてくれる手。子供に戻ったみたいな頼りなさと、安心感。 「好きでも……いいんですか」 日だまりのような温もりに、少しだけ甘えて。 「もちろんですよ、アティ……」 |
あああーあいかわらず甘いです。
甘いと自分で気持ち悪くなるんですけど! (他人の書いたのは平気)
よくこんなの書いたなー。
でも、とりあえず完結です。
ああー大人ウィルとヤードがかぶってる気ぃするー
ううー、自分でも一瞬ヤードに見える瞬間が……