「……何をやっているんだ、君は」 「あ、ネス〜」 マグナが寝転がったままの姿勢でひらひらと手を降る。何が嬉しいのかにこにこと満面の笑顔だ。 「めずらしいよな。ネスがこんなところに来るなんてさ」 「僕だって散歩に出ることくらいあるさ」 ネスティが不満げに返すと、 「そうだけど。でも最近は根を詰めてたみたいじゃないか」 マグナはネスティの不機嫌に気付いた様子もなく言う。鈍感な時もあるが、見るものは見ているのだ。 言われたとおり、ネスティはここのところずっと書庫に篭りっぱなしだった。今日は痺れを切らしたミモザに追い出され、仕方なく出歩いていたのだ。 だがネスティは、毎日外を出歩いているマグナがその事に気付いているとは思っていなかった。 図星をつかれたネスティはさりげなく話題を反らす。 「……僕は何をやっているのかと聞いたんだが、マグナ?」 しかし再度の問いにもマグナは答えず、んっとばかりに手を伸ばしてくる。起こしてほしいのかとネスティが溜息をつきつつその手を掴むと、逆に引っ張り返された。 突然の事にバランスが取れず、ネスティはマグナの上に倒れ込む。 「なっ、何をするんだ、君は!」 思わず怒鳴ったネスティに、マグナはいたずらっぽく笑いかける。 「ほら、ネスも寝転んでみろよ。お日さまが暖かくて気持ちいいからさ」 「君は馬鹿か!? 日光浴なら日光浴と口で言えばいいだろう! 僕まで巻き込むな!」 叱り飛ばされたマグナは、途端に捨てられた子犬の様にしょぼんとしてしまう。 「じゃあネスはひなたぼっこしないんだ……?」 ネスティはその視線に一瞬ほだされそうになったが、なんとか思い止まる。 「悪いが、僕は君みたいに暇じゃないんだ」 「それは……知ってるよ。俺じゃネスの手伝いできないのも。だけどさ、ネスだって休まなきゃ倒れちゃったりするかもしれないんだ。そんなの、俺はやだよ」 「別に無理はしてないさ」 必死なマグナの視線が、少し後ろめたい。だが、ネスティに無理をしている自覚がないのも、本当のことだった。 「俺といると休めないなら、俺、行くからさ」 少し、傷ついたかのようなマグナの瞳。 「誰もそんな事は言っていないだろう」 嘆息しつつネスティは答える。 「だって…… 俺、ネスを怒らせてばっかりだ」 言われて思い出す。最近小言の数が増えていた事を。相変わらずの弟弟子にいちいち口を出さずにはいられなくて。 確かに、疲れて焦っていたのかもしれない。変わっていく状況への焦躁と、変わらないマグナへの憧憬に苛立っていなかったと言えば嘘になる。 この痛みに鈍い弟弟子が、できるかぎり傷つかずにすむ道を探してやりたかった。 可能なかぎり安楽な道を。他人の痛みはすぐに気がつくのに、自分の傷はそれが致命的になるまで悪化しないと気付けない。そんな、彼のために。 だが状況は悪くなる一方で。思い通りにならないことの連続に苛立ち、守りたいと願った者を傷つけていた。 ネスティを伺うマグナの視線。 「……わかった。今日は君に付き合おう」 「ホントに!?」 顔中で喜びを表現する、出会った時から変わることのないマグナの笑顔。 派閥の大人の前ではどこか諦めたような顔で笑う子供だった。だけどネスティやラウルの前では無邪気で純粋な笑顔を見せたから。 (僕はそれを守り抜くと決めたんだ) 「あ、でもひなたぼっこが嫌だったら無理して合わせなくてもいいけどさ……」 自分の押しつけに気がついたのか、少しだけ声をひそめて伺うようにマグナが言った。 珍しくしおらしいその様子に、ネスティは少しだけからかいたくなってくる。 「おや、君も一人前に遠慮というものを覚えたんだな」 「ネスッ! それじゃあ俺が遠慮知らずみたいじゃないか」 「みたいじゃなくて実際そうだろう。この間だって……」 冗談のはずがついつい真面目に説教をしてしまう。途端にマグナは情けなさそうな顔でうなだれた。こうなったネスティには勝てるわけがないという事を知っているのだ。 それを見てようやくネスティは自分の失敗に気がついたが、言い始めてしまったものはなかなか止められない。 「まったく、君ときたらちょっと目を離した隙に何をしだすかわからないんだからな」 「……だって、すごく寂しそうだったから。俺が話し相手になってあげようと思ったんだよ」 「それでお茶とケーキをたらふくご馳走になってきたのか? 少しは遠慮すべきだろう。少なくとも夕食が食べられなくなるまで詰め込む必要はないはずだ」 「うぅ…… 悪かったってあの時も謝ったじゃないか」 「本当に反省しているんだろうな。僕は時々、ひどく心配になるんだよ。そのケーキだってデグレアの罠だった可能性もあるんだ」 もし親切を装って近づいてくる人間のなかに刺客がいたら。 「ネス、いくらなんでも疑い過ぎだよ! 本当にいい人だったんだぞ」 「……君の言うことが正しいという保障はない。デグレアの手のものかはともかく、なにか企んでいた可能性を否定しきれないのも事実だ」 「ネスッ!!」 ネスティは深い溜息を一つつく。 「……わかってはいるんだ。疑ってばかりいても仕方ないし、その人も本当にいい人だったんだろう。だけどっ……僕は心配なんだよ」 それだけがネスティの本音。 マグナはそれを黙って受け止めた後口元だけで小さく笑った。 「……やっぱりさ、ネスは疲れてるんだよ。それでそんな風に思っちゃうんだ」 だから……と言ってネスティの体をおもいっきり地面に倒す。強制的なひなたぼっこの刑だ。 「ほら、いい気持ちだろ?」 あがるネスティの抗議には耳も傾けず、いつものいたずらっぽい笑顔をうかべて。 「ネスが俺の心配をするみたいに俺にだってネスの心配をする権利があるんだ。だからネスが無理しそうになったらいつだって俺がこうして休ませるからな!」 言いながら宥めるようにネスティの頭を優しく叩く。言葉の調子とは違いとても大切そうに。 まるで子供に対するかのような扱いに、ネスティは文句を言おうとしたが、 「……そう、だな」 柔らかい日差しと温かい手の平の感触に、気がついたらそんな風に答えていた。 目を閉じても感じる太陽の温もり。涼やかな風。 凝り固まった何かがゆっくり解けていく感覚。 「たまには、こういうのも悪くないかもしれないな」 「だろ? ここで昼寝をするのが最高なんだよ!」 「ほほう。それで講義をサボったときいつもこの辺にいたんだな」 ネスティの声が不穏な響きを帯びる。 「あ!? え、と、いや違くて……!」 マグナが必死で弁解しようとする様子にネスティは思わず吹き出す。 「君が昼寝をしていたことくらい、僕が気付いていなかった訳がないだろう。何を今更あわてているんだ」 だ、だって……と言いながらマグナはネスティを俯きがちに窺う。ネスティはとても晴れやかに笑っていた。つられてマグナの顔にも笑みがこぼれる。 単純な弟弟子は兄弟子が笑っているだけで幸せな気分になれるのだ。 心地よい風が吹く午後の公園、温かい日差しの下、二人は笑っていた。これから先に待つ戦いを忘れて。これから先に待つ別離を知らずに。とてもとても幸せそうに笑っていた。 |
バイトの休憩時間に、拍手お礼にしようと携帯に書いてました。
それがなぜか長くなりすぎてしまったので、こうしてこちら側に。
しかし書いてたのが携帯なので、ぶっちゃけ改行の位置がめちゃくちゃだ!!
でも、そんな風なのも、いつもと違って新鮮で良いかなーなんて。
……決して直すのが面倒なわけではないですよ?
マグナが言うなれば誘い受。
押したおされたり、押したおしたりしてますが。
いやいや、決して狙ってそんな展開にしたわけではないですよ?
そんなわざとらしいこと、狙ったりなんかー……狙いましたけどね!
でも、押したおしたのは予定外でした(笑)