ラフ・メイカー



――貴様らさえいなければ……

――この成り上がりがっ!

――誰のおかげで生きていられると思っている!

――大罪人の分際でっ



 投げつけられた言葉は難しくても、僕にはその意味を全て理解することが出来た。言葉の意味は、体の中にあるデータベースを参照すれば分かる。そして、なぜそのような言葉を言われるのかは、僕の中にある、罪の記憶が教えてくれた。
 僕は――僕らは罪人だ。
 悪魔を倒すために友を裏切り、永遠にその手助けを失った。体内の記憶は、それを生々しく思い知らせてくれる。ライルの一族とクレスメントの一族が、大罪人であるということを。
 だけど、投げつけられた言葉の意味は理解できても、投げつけられる理由がわかっても、その言葉や言葉とともに振り下ろされる暴力は、決して耐えられるような物ではなかった。 なにより、罪の記憶が僕の身を焼いていたのだから。
 痛みと苦しさで涙が出てきそうだった。だけど泣くなんてことはしたくなかった。それを知られたくもなかったからだ。
「ほら、薬だ。さっさと拾って出ていくんだな」
 だからその言葉を聞いたとき、僕は言葉通り急いで薬を拾うと、うつむいたまま急いでフリップ様の部屋を出た。
 そのまま、走る。庭の人目に付かない植え込みの陰に腰を下ろしたときには、涙があふれて止まらなかった。
 ここで頭を冷やすまでラウル師範の元には帰れない。師範に心配をかけたくなかったし、師範のもとにはあいつがいる。何も知らない、罪の片割れであるあいつが。
 あいつは一ヶ月程前に青の派閥にやってきた。自分が召喚師の一族の末裔であることも、ましてや、それが罪を犯した一族であることも知らずに。
 ここに来てからも、あいつは何も知らされることはなかった。何も知らない方が幸せだ、と。確かにそうだろう。今僕の身を焼いている罪の痛みを知らないのなら、それは幸せに違いない。だけど僕は知っている。だから思わずにはいられない。なぜ僕だけが苦しまなくてはならないのかと。
 頭では、苦しむ人間を増やしたところで何も変わりはしないとわかっている。だけど、実際にあいつが目の前で笑っているのを見れば、全てを教えてしまいたくなる。教えて、同じ苦しみに突き落としたくなるのだ。
 特に、フリップ様の部屋から帰ってきた後は、その感情が強くなる。

 僕は木の陰で必死に落ち着こうとした。感情的になるなんて、融機人らしくない。誰かに見られる前に、早く普段通りに戻らなくては。
 そうやって必死に気を静めているときだった。
「ねす?」
 あいつの声がした。
「あー! やっぱりねすだ」
 そう言って茂みをかき分けてこっちに来るのは、やっぱりマグナだった。
「来るな!」
 今一番会いたくなかったのがマグナだった。だけど、こんな庭のはずれ、木の後ろなんかにやってくるのはマグナしかいなかった。
 派閥の人間は庭に出ることがまず少ないし、庭に出ても奥まではいることはない。だけどこいつは、派閥に来たばかりだからなのか、庭だけでなくあちらこちらに入り込み師範や僕の手を焼いているのだった。
 だけど今日、こんな時に鉢合わせするとは。
「ね、す?」
 あどけない少年の顔。あたりまえだ。こいつはまだ子供の僕よりさらに一つ年下なのだから。だけど、たった独りでこんなところにいるのに。外から来た人間を、誰もが冷たい目で見るこの場所に。なのに、なぜ。
 こいつがバカだから、周囲の反応に気付いていないという訳じゃない。
 はじめてこいつがここに来たときは、ぼんやりとした子供だと思った。周りの大人に言われるまま、流されるままにつれられてきた。何も知らされていないとはいえ、知らされていないからこそ抵抗とか、してもいいはずなのに。
 誰に何を言われても、どんな扱いを受けても、それが普通であるような顔をして。なのに優しくされるとひどくとまどった顔をする。
 誰にも何も期待していないかのように、言われるまま従って。だけど、大人の目がなくなれば脱走しようとしたり、変なところに入り込んだりして無茶をやらかす。
 本当に年相応の、イタズラ盛りの子供のように。
 よくわからない、というのが正直な感想だった。普通の子供なら、突然こんなところにつれてこられて、冷たく扱われて平気なはずがないのに。なのに、そんな対応に離れているかのように平気な顔をして。そのくせ、さめた子供かと思えばそうではないのだ。普通に講義をさぼって昼寝をしたり、捕まることがわかりきった脱走をする。そして――どんなに冷たく接しても、僕には妙に懐いてくる。……本当に、わからない。
 こいつは今も、どうして近づいてはいけないのかがわからないといった、不思議そうな表情をしている。
「あっちに、行ってくれ」
 顔をそむけながら、もう一度言う。
 そう言ったのにも係わらず、マグナは茂みをがさごそとかき分けこっちにやってきた。
「ねす、ないてるの?」
 見られた!
 そう思った瞬間、とっさに頭に血が上り叫んでいた。
「来るなっていったろ!? あっちに行けよ!!」
 マグナは驚きに目を見開き、次の瞬間泣き出した。必死に声をあげないようにしながら。
「なんでっ、君が泣くんだよ……」
 マグナの嗚咽つられたのかのように、再び涙がこみ上げてくる。マグナを見ないように、見られないように背を向けた。
 そういえば、マグナが泣くのを見るのははじめてだと思いながら。
 マグナも、僕と同じで声をあげて泣くことが出来ない子供なのだと、そんなことも初めて知った。
 二人で泣くのは、一人で泣くのとは違って、胸につかえていた物がゆっくり流れ出ていくような気がする。  そうして、しばらく二人で泣き続けた。
 回廊を通る人のざわめきが遠くなって、マグナと僕の泣き声だけが聞こえる。
 なんだか静かで、妙に落ち着いた心地だった。こんな気持ちになったのはどれくらいぶりだろう?
 しばらくしてようやく泣きやむことができると、マグナも泣きやみ、こっちを見る視線を感じた。
 僕も顔を上げてマグナの方を見る。
 とたんに、マグナが笑い出した。
「な、何で笑うんだよ」
「だって、ねす、へんな顔!」
「そういう君だって、すごい顔をしてるぞ!?」
 お互い、涙でぐしょぐしょのひどい顔だった。
 マグナがずっと笑い続けるので、僕もなんだかばからしくなって笑えてきた。
「あはははは」
「ははは」
 声をあげて笑うのなんて何年ぶりだろう。なんだか今まで、色々悩んでいたことがひどく些細なことのように感じる。
 マグナが苦手だったのは、嫌いだったからじゃなかった。これまで一人で立っていた僕を、マグナの存在が不安定にさせていたから、嫌いになろうとしていただけだ。一人じゃなくなったら、立てないような気がしていた。だけど、いざマグナのことを認めてみたら、気持ちが楽になるだけだった。
 二人で立つのも意外と悪くなさそうだ。たとえマグナが何も知らされてはいなくても。
 マグナは知らなくても僕は知っている。クレスメントの一族はさまよっていたライルの一族のただ一人の友人だったことを。
 僕の中の記憶が覚えている。クレスメントの一族だけが一緒に笑ってくれた。そして今、君が一緒に笑ってくれる。
 罪人だろうと、君がそばにいてくれればこうして笑うことが出来る。僕は一人じゃないから。君の笑顔だけ守れれば、僕も笑っていられるんだ。
 だからこれからは、僕のただ一人の友人を僕が守っていこう。君がくれた、笑顔の御礼に。


リスペクト BUMP OF CHICKEN!
知っている方は知っていらっしゃると思いますが緑華はBUMPさんの大ファンです。
これは、そんな気持ちが有り余ってしまって書いてしまったもの。
BUMPさんの名曲「ラフ・メイカー」の歌詞をまんまぱくっております。
同じくファンの方、関係者の方、怒らないでそっと見逃しておいて下さい。

二人の子供の頃のイメージがちょっとあやふやで。
あやふやな感じに仕上がってしまいましたが、そこは見ないふりで。
緑華の二人に対するイメージってかなりいろいろ注文があるんですけど
それはもう語りきれないのでいつか機会があれば。
このときマグナはネスのことをどう思ってたかとかねー。


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