闇の中、求める場所



 目を覚ます。
 眼前に広がるのは暗闇。それもそのはずだ。確認したわけではないが、今はおそらく深夜。
 昼間は子ども達のはしゃぐ声やら、リプレが家事をする音などでにぎやかだが、この時間だけはいやに静かだ。
 音もなく、暗い闇が広がり――少しだけ、あの場所に似ているなどと感じてしまう。そんなはずが、ないのに。
 無色の派閥。その大幹部の息子として生まれ、育てられてきた。ただ知識を求め、力を求め生きてきた。派閥の役に……いや、父上の役に立つために。
 疑問を感じたことがないと言ったら嘘になる。何時だって俺は疑問だらけだった。だけどそれでも。滅多に認めてくれない父上が、何時だって代わりがいる俺に、言ってくれたんだ。
 お前は選ばれたのだ、と。
 召喚儀式の実行者。たとえそれが、肉体という俺が持つ全てと、この世界という俺の持たない全てをともに消し去るものであったとしても。
 それでも良いと、あの一瞬は思えたんだ。父上が俺を、必要としてくれるなら。

 だけど、父上の望んでいた新しい世界に俺はいない。それだけじゃない。いつか見たいと思って密かにあこがれていた世界――見渡す限りに広がっているという海や、勢いよく落ちるという滝、地域ごとに異なる風習を持つという人々、その生活の様子――そんなものも全て消し去られ、今あるものと異なる形に変えられてしまう。

 本当に、それで、いいのか?

 わき上がる小さな疑問。それから目を背け、蓋をした。だけど消し去ることはできなかった。
 今思えば、出奔でも何でもすれば良かったんだ。選ばれた、なんて言っても本当は代わりなんて、いくらでもいたのだろうから。そうしておけばアイツを巻き込むこともなかったのに。
 お人好しで疑うと言うことを知らない、俺とは正反対の男。穏やかに笑い、困っている人間は放っておけず、自分を省みず助けようとする。
 出会いたくなんかなかった。
 誰かに優しくされることも。誰かに信じて貰うことも。誰かを――好きだと思うことも、知りたくはなかったのに。
 けれどもう知ってしまった。
 もう――戻れない。
 父上の命令が全てだった日々にも、アイツを消そうとしている派閥にも。
 なのに、今の時間を失うことが怖くて、ずっとだまし続けている。ここで生活し、居心地の良さを感じるたび、思うのに。自分から、答えを出さなくてはいけないと。派閥に戻り、アイツは無害で消す価値もないと報告するのか、それとも全てを白状してしまうのか。
 わかってるんだ。もう、今の俺は派閥の中では生きていけない。ここで得た幸せを、忘れることはできないから。けれど、ここにだって裏切り者の召還師の居場所はあるはずがないから。トウヤを元の世界に戻すために、同居している召還師なんて、嘘でしかないのだから。
 全てが白日の下にさらされたら、どちらにしろここにだっていられないんだ。

 召喚実験の音と派閥の人間達が不快にささやく声。そこから逃げ出した森には、静寂があった。生き物が死に絶えた静寂。
 考えるまでもない。たとえ静かだと感じても、良く耳を澄ませば誰かの寝息が聞こえる。
 こことあの森が似ているはずもない。
 なのに。
 目覚めた時に広がっていた闇に、あの森を思い出した。
 派閥から逃げ込んだ森と、答えを出すことから逃げている今を、錯覚した。してしまった。
 俺が、逃げてるからだ。逃げたしたいからだ。
 俺のいるべき場所はないから。
 オルドレイクの息子という立場しかくれなかった派閥。
 召喚実験の生き残りに居場所をくれたフラットのみんな。
 でも、それはどちらも本当の意味の“俺”じゃない。
 いっそ居心地が悪ければ、耐えられたのに。派閥にいた頃のように。

 ベッドから身を起こす。布団から出たとたんに、ひんやりした空気が身を包んだ。なんだか似合いだ。
 そのまま部屋を出る。何処に行こうなんて、あてもないけど。
「――ソル?」
 呼ばれた声に振り返れば、そこには。
 誰よりも俺に笑顔をくれ、優しくしてくれて、ここにいることを耐えられなくさせた男がいた。
「……トウヤ」
「ああ、やっぱりソルだった。足音がするから誰かなと思ったんだけど。ここからじゃよく見えなくてね」
 そう言いながら、のんびりした歩調で近づいてくる。
「何処に行くの。こんな時間に」
 そんなもの、俺の方が知りたいのに。
「……別に、どこでもないさ」
「それじゃあ、わからないよ。ソル」
 苦笑。そんな顔すらとても柔らかくて。錯覚、してしまう。ここにあるのは俺の居場所であるような。
「一度目がさめたら、今度は眠れなくなったんだ。だから、歩いてみただけだ」
「散歩? じゃあ僕もご一緒しようかな」
 当たり前のように、嬉しそうに。
「好きにすればいいさ」
 だが実際にトウヤをつれて歩き出すと、目的がなかった俺の足は簡単に止まってしまう。そんな俺を見透かしたかのように、トウヤが言う。
「ねえ。散歩も良いけれど、話でもしないかい。行き先も本当にないみたいだし」
 俺は答えないまま、月の見える屋根の上へ向かった。いつも二人で語り合っている場所。トウヤはにっこり笑ってついてきた。
 いつもの定位置に腰を下ろす。トウヤも横に座った。いつもと同じ。いつもの居場所。
 語り合うことは、たわいもないことがほとんどで、なのにとても楽しかった。
 俺は幸せを知ってしまった。彼が横にいて、笑って俺がここにいることを許してくれる。そんな、幸福。
 ここに居場所が欲しい。この男の隣に。
 嘘も偽りもない、俺の、俺自身の居場所が。
 けれど、この身にまとった嘘と偽りをはぎ取ってしまえば、このかりそめの俺の居場所すら失われて。
 なんて矛盾だ。
 俺はお前を裏切りたくなんてないのに、最初からずっと裏切り続けている。裏切るために出会ったのだから。
 出会わなければ良かった。そうすればお前はお前の世界で幸せに生きて、俺は幸せなんて知らずにすんだ。だから、出会わなければ良かった。それは、嘘ではないけれど。
 今はもう、俺はお前を失えない。
 お前の隣の、このかりそめの中にしか、俺の居場所は、俺の居たい場所はないのだから。
 



まともな更新してないし!
何か書かなきゃ、何か書かなきゃ! で、高速で書いてみました。
コンセプトはソルさん男前……だったはずが。あれ? 欠片も残ってないよ、そんなもの。
トウソルは好きだから書きやすいのですが……トウヤ視点の方が楽かもしれない。

H17.9.20


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