赦される罰



 窓の外を見る。
 荒れたスラムの町並み。
 だが、ここにはあの森のような暗くねっとりとした陰鬱な雰囲気はない。
 少々荒っぽい気はするものの、明るく活気に満ちている。
 ここは、俺の育ってきた世界とは、こんなにも違う。
 戦いすらないというアヤの世界とは、どれだけ違うのだろう。
 フラットのみんなや、アヤの笑顔を見るたびに、ここは俺の居場所ではないのだと実感する。
 あんな風に笑う人たちを、俺は見たことがなかった。
 他者を引きずりおろしても上へ行けといわれた。派閥に忠誠を尽くせと。俺は死ぬために生まれてきたのだと父上が言った。
 アヤの中に魔王がいるかを見極め、必要なら殺す。それが儀式に失敗した俺の存在理由。
 助け合いなんて知らないんだ。そんな風に笑いかけないでくれ。
 俺はずっと、裏切り続けているのに……
「どうしたんですか?」
 いつの間にか後ろに立っていた黒髪の少女が穏やかな声で聞いてくる。この世の汚れも知らないような顔で俺に向かって笑いかける。
「なんだか、つらそうな顔をしてますけど」
 少し心配そうに、こちらを伺ってくる瞳。
 憎めたらよかったのに。何も知らない平和な世界で育ってきた彼女を。
 憎んでくれたらよかったのに。戦いの世界に巻き込んでしまった俺を。
 だけど俺は憎めない。彼女は憎んでくれない。
 それどころか、俺は……救われそうになっている。
 それだけはだめなんだ。彼女を傷つけるだけの俺が、彼女に救われるなんてことがあっていいはずがない。
 俺さえいなければ、彼女は今も平和な世界で家族と笑っていられたのに。俺が……
「なんでもないさ」
 できるだけ、平然を装って答えた。
 遠ざかってほしい。これ以上、癒されてしまう前に。
 なのに、そばに来てほしいと願う、この矛盾。
「…………」
 アヤは何か言いたそうな顔をして数秒黙り込み、俺の隣に座った。そのままじっと窓の外を見つめる。
「どうしたんだ?」
 いつものアヤと違う様子にとまどいながら声をかける。
「なんでもないです」
 こちらを見もしないで答える。いつもの彼女なら、何かあったときでもこちらに心配をかけないように笑顔を作ろうとするのに。
「何でもないって…… そんな風には見えないぜ」
 だけど彼女は答えない。訪れた沈黙に、かける声を失う。
 ぼんやりと窓の外を見つめる姿に、胸が痛んだ。
 辛くない、はずなんてない。いきなり知らない世界につれてこられ、戦いの日々。
 自らに宿る正体不明な力。不安に思わないはずはないんだ。
「アヤ……」
 必ず、元の世界に戻してやる。
 少しでも彼女を力づけたくて、そう、口にしようとした時、ようやく彼女は振り向いてこういった。
「本当になんでもないんですよ。ソルさんのまねです」
「俺の……まね?」
 それから彼女は寂しそうに笑う。
「最近のソルさんは何でもないとしか言ってくれませんけど、見たらわかるんです。何でもなくないこと」
「あ……」
 ずっと、心配をかけていたと言うことか。そんな、価値もないのに。
「……悪かった」
「言えないことなら言わなくてもいいです。だけど……何でもないなんて、嘘はつかないでください」
 真摯な瞳。突然現れた俺を信じて、元の世界に返すという言葉を疑わない。この瞳を、俺は裏切っているのだ。
「……本当は」
 全て話してしまえたらと思う。この身が背負ってきた罪を。
 だけど同時に、失うのが怖い。彼女のほほえみや、フラットでの居場所を。
 それを失うくらいなら、それこそ俺は悪魔に魂を売ろう。知ってしまったぬくもりを失うことには耐えられない。
 こうやって偽り続けることが、彼らの信頼を裏切り続けているとしても。
「……言えない」
 ようやく絞り出した答えは、結局裏切りの一言だった。
「……そうですか。わたし、ソルさんにばかり無理をさせて。わたしのことなのに、全部。頼りにならないかもしれませんけれど、何かできることがあったら言ってくださいね」
 笑う、彼女。彼女が苦しむ、必要すらないのに。つらさを、押し殺して笑う。
「違うっ!」
 とっさに叫んだ。
「おまえが悪いんじゃないっ! 俺がっ 俺が……俺の罪なんだ」
「それは違います! ソルさんは一生懸命わたしのためにやってくれています。本当は知らないふりをしてもよかったのに。黙っていたってわからなかったのに!」
 必死で俺をかばおうとする、彼女。
 ああ……彼女は本当に何も知らない。姿を現したことすら、彼女を陥れる罠だというのに。
「……やめてくれ」
「ソル、さん?」
 彼女にかばって貰う資格なんかないんだ。優しくされればされるほど、罪が痛みを伴い思い起こされる。
「俺を、信じたりなんかしないでくれ。俺はっ……臆病だ。お前に、言わなきゃいけないのに、怖くて……言えないんだ。こんなに臆病な俺を、お前は……許さないでくれ」
 彼女の顔を見ることはできなかった。見れば、そのまっすぐな瞳に射抜かれてしまうから。視界に、彼女の赤い服の裾が広がる。
「わたしは……許します。ソルさんが何を言っているのかわからないけれど、何を言っていても、許します。ソルさんは臆病なんかじゃありません。出てきてくれただけで、十分なんです。だから……苦しまないでください」
 聖母のように、彼女が告げる。彼女が俺を許せば許すほど、身のうちを焼く罪の痛み。
 これが、罰なのか。
 憎まれて楽になることは許されない。彼女のほほえみが俺に与えられた、安らぎであり十字架。
 この痛みは、永遠に俺を焦がすだろう。だけど、それでも。
 貪欲なまでに彼女を求める想いがある。側に、いたい。
 彼女を元の世界に帰すなんて嘘だ。誰よりもそれを拒む俺がここにいるのに。
 けれど、彼女はいつか帰るのだろう。彼女がそれを望んでいるのだから。
 そのときまで、彼女の側に居られるだろうか。

 望む――罪悪。


ずいぶん昔に書いたものです。
だからソルさんの相手がトウヤさんじゃなくてアヤちゃんなんだよ!
サモ1をプレイしてからずいぶん間を空けて書いたので
ゲームの方の設定とずれていないか心配でずっとupしていなかったのですが。
今見て……微妙にいつの時期の話なのか、特定できないですね。
アヤちゃんのセリフからすると、2人で遺跡デートする前なんですが。
の割にソルさんがほだされすぎてる気もするし。
……その辺は気にしない方向で。


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