晴れ         H16.10.4


「……雨太郎。どうして今日もこんなにいい天気なんじゃ?」
 村は晴天だった。雲一つない。ついでに言えば昨日も晴天でおとといも晴天だった。更に言えば一週間前も晴天だし、一ヶ月前も晴天だった。
 いくら梅雨も過ぎたとはいえ、こんなに晴天が続くのは異常だった。雲一つなく毎日毎日日差しが差し込めば、そりゃ池だって干上がるというものである。
「かみさまぁ。オラだって一生懸命やっとるんですよぅ」
「一生懸命やってこれか」
「一生懸命やってこれなんです」
 真っ青な空。そこに二人の人間が突っ立っていた。もちろん下は遙か先に地面が広がるばかりで何もない。つまり浮いちゃっているわけである。
 一人は髪も髭も長くて真っ白い老人で、一人はまだ十になったかならないかの童である。 二人はなんと神様であった。とはいえ幼い方はどうにも半人前、いやいや四分の一人前のようであったが。
 そう。ここんとこの異常な晴天続きは全部こいつの性なのであった。
「何で雲一つつくれんのじゃ」
 視界を遮るものがない空の上、ため息を付くかみさま。
「わからんのですよぅ。オラ、一生懸命水霊達に声をかけとります。お願いだから集まっとくれって」
 ちょっと涙目で訴える雨太郎。
「んーむ。ぬしはどうにも腰が低いんじゃ。水霊には頼むんじゃない。命令するんじゃ」
 かみさまは一括するが、雨太郎の眉はハの字である。
「はぁ。でも、水霊達も楽しそうに空を泳いどるのに。オラの都合で悪いじゃねぇですか」
「ぬしの都合じゃなーい!! このままじゃこの村は干上がるんじゃぞ!?」
 かみさまちょっと激怒。まぁ、当たり前の話だけど。村が干上がったらかみさまの監督不行き届きなのだし。半人前の失態は上の責任だからピリピリきちゃってるわけである。あ、四分の一人前だったか。
「は、はぁ。わかっとるんです、オラだって。だから本当に一生懸命頼んどるんです!」
「なんにもわかっとらーん!! 水霊はぬしのことを馬鹿にしとるんじゃぞ!? ぬしの方が偉いんじゃ! もっと威厳を持たなきゃいかんのじゃ!!」
「はぁ……」
「もうよい! しばらく一人で村を見に行ってこい。今の村の惨状はぬしが引き起こしたことじゃ。村と水霊、どっちが大事かよく考えるんじゃな!!」
 かみさまは怒鳴りながら、雨太郎を空から蹴落とした。とはいえ、雨太郎は単体で浮いているのでなんの意味もないが。
 蹴落とされた雨太郎はというと、言いつけ通り地上すれすれをふらふら漂っていた。
 村はひどい状況だった。作物にも影響が出始めているし、飲み水も残り少ない。殺気だってピリピリしている者もいれば、弱って元気のない者もいる。
 そんな村人達を見て雨太郎の心は痛んだ。雨さえ降れば、ここは村人の心根も良く、土地も豊かで実りも良いとても良い村なのである。
 しかし、雨が降らないから残りの水を巡って村人はぎすぎすしているし、作物も期待できない。
 これらが全て自分の性だと言われたら、それは心が痛むというものだろう。
 雨太郎は情けない想いで村をさまよっていた。
(ああ、オラがもっとちゃんと雨を降らせることが出来たら)
 そうは思っても、どうにもならないのが雨太郎。彼だって雲を形成する水霊達に、強い態度で臨んだことがないわけじゃないのである。しかし結果はさんざんであった。
 水霊は雨太郎に対し怒りを表し、てんでバラバラに散ってしまったのである。それまでは小さな雲くらい作ることが出来たが、それからはそこにある雲すら消えていくようになったのである。
 雨太郎は必死で謝り、必死で頼んだが、彼らの関係は戻ることはなかった。雨太郎は水霊に嫌われた雨神になってしまったのである。
 村の中を飛んでいる内に雨太郎はある人物を見つけた。
「あ、多恵ちゃん!」
 多恵は村の娘である。まだ十四だが昨年母親が亡くなり、それから幼い弟の世話と家事は多恵の仕事になった。しかし多恵はぐち一つ言わず黙々と働いている。
 雨太郎はまだ修行を始めたばかりの頃、落ち込んでいたときに一人で頑張る多恵の姿を見て、励まされる気持ちになったのである。
 また、日照りが続いて村人が不審に思い始めても「こんなときもある。ほんまに困る前に神様が降らせてくださるよって。空にはおっかあもおる。おっかあが神様に頼んでくれはる」といって笑ったのである。
 雨太郎は感動した。その時から多恵ちゃんのためにも頑張ろうと心に誓ったのである。
 そんな多恵ちゃんが、居た。残り少ない水も優先的に弟に飲ませているのだろう。元気がなく、少しやつれたようである。
「おっかあ。早う雨、降らせてえな。……神様は、こないな村見てへんのやろか」
 つぶやき、空を見上げる。
 雨太郎は衝撃を受けた。あの多恵ちゃんが弱音を吐いている。どんなときだって笑顔で頑張ってきた多恵ちゃんが。母親が亡くなったときだって、翌日には父親と弟の前で「これからはうちが、おっかあの代わりになるよ」といって笑って見せたのに。
 どんなに泣きたかったろう。母親が恋しくなかったはずがないのに、家族のために必死の思いで笑ったのだ。
 それからはどんなに母親を思いだして悲しくなっても、決して家族の前で涙を見せることはなかった。そんな多恵ちゃんが。弟がそばにいるにもかかわらず、弱音を吐いたのである。
 信じられないと言う思いと自分がそこまで追い込んだのだという思い。驚きはすぐに後悔に変わった。今まで自分は何をしていたのか。
 雨太郎はとっさにそこを逃げ出した。見ていられなかったのだ。自分が追いつめてしまった多恵ちゃんを。
(オラは、オラは! なにをやっとったんだろう。一生懸命やっとってもできないじゃないです。できなきゃ一生懸命に意味なんてないんです!)
 雨太郎は飛んだ。空高くに向かって飛翔した。
 空のてっぺんまできて止まると、目をつぶりありったけの力を込めて空中に散らばる水霊に命令した。
「水霊達! 集まるです!!」
 それは、ものすごい気迫だった。今までにないくらいものすごい気迫だった。
 その気迫に気圧された水霊達は、慌てて集まろうとしていた。
「早く集まるです! 集まらないと……氷にして氷山に閉じこめるです!!」
 そしてそれがとどめだった。水霊達は恐れをなした。氷は水霊達にとって人気ワースト1だった。氷山に閉じこめられでもしたら、一生そのまま身動きがとれなくなってしまうのである。
 その言葉に水霊達は恐れをなし……恐れをなし、逃げていった。それはもうものすごい勢いで。後には、前より乾燥した空気が残っただけだった。
「なんでですかーーー!!」
 雨太郎は叫んだ。それはそうだろう。叫びたくもなる。今度こその気迫が、逆効果にしかならなったのだから。
「どうして、どうしてっ……」
 雨太郎はしゃがみ込んで泣きじゃくった。泣いたってどうしようもない、そんなことはわかりきっていたけれど、涙があふれてきて仕方がなかったのだ。
 どれくらいそうしていただろうか。気が付くと横に白い老人が立っていた。
「……かみさま」
「雨太郎」
「オラ、頑張ったとですよ。命令だってやったとです。だけど、だけど……!」
「泣くな、雨太郎」
 悲しかった。雨太郎は自分の力のなさが悔しかった。どんなに頑張っても、自分には多恵ちゃんを笑わせることができないのだ。自分がここにいる限り、多恵ちゃんは辛い思いをするだけなのだ。
(オラは、オラはもう……)
「……かみさま」
「なんじゃ、雨太郎」
「オラを、クビにしてください」
 もう、それしか、手段は残されていなかった。
「……」
「オラには雨を降らせることができんのです。オラがここで雨を降らせようとしとる限り、村の人は困るだけとです」
 だけどかみさまは、ゆっくり首を振った。
「ぬしが、そう嘆かんでもいいんじゃ。もっとゆっくり、地道に鍛練を積めば、いつか必ず雨を降らせることができる。ぬしは頑張った。だから今は、少し休むと良い」
 雨太郎は黙ってうなだれた。とても疲れた思いだった。かみさまの言葉はうれしい。うれしいけれど、これから先、雨を降らせることなんてできそうになかった。
「長治! 来るんじゃ」
 かみさまの召喚に応じて一人の青年が現れた。
「なんだよ、かみさま。呼んだかよ」
「呼んだのじゃ。長治、仕事じゃ。」
 かみさまは下の村を顎で示した。
「おいおい、こりゃひでえな。誰がこんなにしたんだ?」
 かみさまとは対照的に黒い青年は、大げさな身振りであきれて見せた。
 それを見ても、雨太郎は何も言うことができなかった。目をそらしてうなだれることしかできなかった。
「無駄口は慎め! さっさとするんじゃ」
「うっさいなぁ。わぁってるよ。……んじゃ、行きますか」
 目をつぶり、軽く手を広げる。すると長治の足下に、瞬く間に大きな雨雲が誕生する。
 村人達が空を見上げ、騒ぎ出す。切実な、期待に満ちた声だった。
 そして静かに、雨は降り出した。しとしと、しとしとと。
 村人達は歓声を上げた。ひさしぶりの、本当にひさしぶりの雨だった。
 多恵ちゃんも、涙ぐみながら空を見上げた。
「おっかあ。やっぱり降らせてくれたんやね」
 雨太郎はそんな光景から、黙ってみていた。結局本当に、自分には何もできなかったのである。
 村一つを日干しの危機に陥れた意外は何も。
 雨太郎には、笑いながら雨に打たれる村人達をただ、見つめていた。

 恵みの雨は降り続けた。ずっと降り続けた。ずっとずっと降り続けた。
 雨は三日たっても、一週間たっても、一ヶ月たっても止むことはなかった。
 小雨ではあったものの、こうずっと降り続けると、今度は地盤が緩くなる。村人達はまた、ため息を付きながら空を見上げ始めた。
「こら、長治。一体何をやっとるんじゃ」
「わりぃな。俺、微調整苦手なんだよ。どうしても、長くなっちまう」
「長すぎじゃ!!」
「やー、あまりにひからびてたからな。気合い入れて集めすぎたみてぇだ」
 明後日の方を見てとぼける長治。雨はまだまだやみそうにない。
 一度作った雲は、雨神には止ませる方法がない。雲を作った後は更に成長させたり、これ以上水分を増やさないようにしたり、雲の形を変えたりするぐらいしかできないのである。
 だから雲は、普通小さく作る。後でいくらでも大きくしていけるからだ。
 しかし長治は最初から巨大な雲を作った。村人への演出効果としては最適だったが、いかんせん大きすぎた。こればかりはかみさまにもどうしようもない、長治の癖である。長雨の長治、彼の二つ名であった。
「……雨太郎」
 かみさまは、あれからずっとふさぎ込んでいる雨太郎を呼んだ。村のためと思い、長治を呼んだがそれは雨太郎にとどめを刺しただけだったのかも知れない。しかし、村人の嘆きはかみさまの心も苦しめていた。他に、方法はなかったのである。
 とはいえ、村人もまた苦しむ羽目になったわけだが。
「……なんでしょう、かみさま」
 小さく、返事をする。覇気は全くと言っていいほどない。
「長治がこんなに雲を大きくしおった。これは困ったことだが仕方がない。しかし、大きい代わりにこの雲は安定しておる。そこで雨太郎。長治から雲を借りて雨雲の維持の練習をしたらどうじゃ?」
 雲は放っておいたらてんでバラバラの方へ流れようとする。しかし神様達にもなわばりがあるのだ。よそのなわばりに勝手に雨雲を放り込んだら、かみさまだって怒られてしまう。
 押さえつけて、一カ所にとどまるようにしたり、きめられたルートをたどって次の人に渡すのが雲を作った後の雨神の仕事なのである。
 ここは練習用に選ばれた土地なので維持しかできないが、維持は簡単である。
 かみさまは雨太郎に簡単な仕事をさせて、自信を取り戻させようとしたわけなのだ。
 対して雨太郎は何もしたくはなかった。自分が何をやっても、村人を嘆かせることにしかならない気がしたからだ。しかしかみさまは請け負った。
「大丈夫じゃ。なに維持をするだけ。万が一のことがあってもわしが何とかしてみせる!」
 こう言われては仕方ない。師匠の命令である。雨太郎は雲の維持をすることになった。
「……では長治さん。雲をお借りするです……」
 陰気に雨太郎。
「ほいよー」
 陽気に長治。
 長治から雨太郎へ。雲が渡される。雨太郎は意識を集中して雲たちに声をかけようとした。その瞬間――雲は消え去り、真っ青な青空が顔をのぞかせたのである。
 とことん水気に嫌われている雨太郎。雨雲は雨太郎が担当になったのを感じ取った瞬間、大急ぎでほどけちりぢりに逃げていったのである。
 村人達は喜んだ。多恵ちゃんも大喜びだった。待望の晴れ間がのぞいたのである。
 かみさまは言葉もなかった。まさかこんな結末になろうとは思わなかったのである。
 雨太郎は複雑な気持ちだった。村人達は喜んだが、何かが違う気がした。
 かみさまが呆然としながらつぶやいた。
「雨太郎……今日からは晴太郎と名乗るがよい」
 こうして神様達の世界に初めて晴れの神様が誕生した。……晴太郎はうれしくなかった。



10000hit記念へ

方言は全て適当です。
つっこみとかは、なしの方向で。
かなり短時間で設定を練りました。
粗とかは無視の方向で。
日本昔話を狙いました。
方向違いって言わないでください……