傘         H17.7.17



「あ、あのっ。傘、傘忘れましたよ!!」
 とっさに電車を飛び降りる。白いワンピースの後ろ姿を求めて。
 紛れる人混みの向こうに、白い影が見えた気がした。
「すいません、通してくださいっ」
 今にも人混みの向こうに消えそうになる、白色。
 人混みをかき分け、走り、人混みに押され、立ち止まり。
 ようやく混雑の中から抜けた時には、白いワンピースなんて影も形も見えなくて。
「はぁ……、何やってんだろ、あたし」
 降りるべき駅はまだ三つも先なのに。
 見も知らぬ人の傘を持って、追いかけたりなんかして。
「バカみたい……かな」
 雨だって、もうとっくに上がっているのに。


 綺麗な髪の人だった。

 ちょっ悲しげな顔をしてた。

 泣き出すのをこらえている、ような。

 一緒に乗ってきた男の人は、だいぶ前に降りていって。

 捨てぜりふに「もう二度と、会わないから。じゃあな」なんて。

 なんかドラマみたいだなー、なんて思ってみたりして。

 女の人はすがるどころか、追いかけることもしなくて。

 あらあら、結構冷え切ってたのかな、とか。

 でも、そんなことは彼女の表情を見たらすぐに消えた。

 だって、寂しそうだったから。

 本当に欲しいものをあきらめなきゃならないような。

 そんな、ふうで。

 ほんの2時間前の自分のことを思い出して。

 あたしもあんな風だったのかな、なんて。

 だってすがりつくことなんてしたくなかった。

 どうせ、もう戻ってきてくれないことはわかっているのに。

 これ以上惨めになんてなりたくなかった。

 だから、笑うこともできなかったけど、そのまま見送った。

 それから、彼女を見て。白いワンピースと白い傘がよく似合っているなと思った。


 傘を駅員さんに預けて、次の電車を待つホームの上。切れた屋根の端から、青い空が見えた。
 都合良く虹なんて出ていないけど。
 それでも、あまりにも良い天気で。
 少なくとも、泣きたい気分にはならないよなぁ、なんて。
 きっと彼女もこの空を見て、思っているだろう。




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